戦後、帽子の原料や縫糸などの配給制が続きました。
昭和22年8月1日林八百吉商店は大幅な会社の再編を行いました。
昭和2年に発足した林八百吉商店を解散し、
部門ごとに株式会社林八百吉商店、名古屋漂白株式会社、林製帽株式会社の3社に分割し、独立採算を重視しました。
卸売中心の会社が株式会社林八百吉商店(中区本重町)、
麦稈を染める前のサラシを行う工場は、名古屋漂白株式会社(熱田区神野町)、
帽子の製造を行う林製帽株式会社(中川区野立町)に分割し、
林八百吉商店と名古屋漂白の社長は、林幸太郎。
林製帽には、林善太郎が就任しました。