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128年の歩み⑩

幸太郎が始めた帽子作りは、麦稈帽子だったため

夏の間しか売れず1年の生活を支えるには足りませんでした。

明治42年、問屋が買ってくれない時期に幸太郎は地方の小売屋へ現品を積んで売る引き売りを始めました。

大八車に帽子を積んで遠くは岐阜までも行っていたのです。

ここに製造卸の原点があります。

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